経営者の立場になると、従業員に対して業務命令を出す機会が頻繁に訪れます。しかし、「そもそも業務命令って……」「従業員が従わないとどうなる?」など、具体的にどのような法的効力を持つのか、またはどのようなときに無効になるのかといったところまで深く理解できている方は少ないかもしれません。
今回は、「業務命令とは?」をテーマに、従業員が従わないと違反になる・ならないケースや、業務命令を適切かつ円滑に出すポイントなどを紹介します。
業務命令とは?
業務命令とは、「業務遂行を目的に、使用者が労働者に対して発する命令」のことです。ここでいう使用者とは、社内において経営者側にいる部長や課長などのことをいい、これらの役職者は「業務命令権」を有しています。
実際に、雇用主と労働者の間で締結する労働契約について基本的なルールを定めた法律「労働契約法」の第六条には次のように記載されています。
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
引用:労働契約法
つまり、業務命令というのは、労働契約にて合意されているものであり、合理性が認められる限りは、従業員はそれに従わなければなりません。なお、業務命令は、就労や残業、出張、配置転換など、業務上のさまざまな形態で行われます。
業務命令と指示の違い
業務命令とよく似たことばに「指示」「業務指示」がありますが、何がどう違うのでしょうか?
業務命令と業務指示の違いは、一言でいえば「命令・指示を発する人の立場および役職」です。上述したように、業務命令というのは、業務命令権を有している使用者だけが発することができるものです。
つまり、先輩の従業員や同僚など、使用者に該当しない人以外が出す指示は、業務命令ではなく「業務指示」に該当します。
業務命令に従わないと違反になる?
では、従業員が業務命令に従わないと違反になるのでしょうか?
結論からお伝えすると、従業員は業務命令に原則従わなければなりません。従わない場合、「業務命令違反」や「債務不履行」に該当し、懲戒処分の対象になる可能性があります。(※業務命令が合理性を欠いている、コンプライアンス違反・嫌がらせ/パワハラに該当するといった場合を除く)
上で引用した労働契約法の第6条を見るとわかりますが、労働契約を締結した時点で、労働者は「使用者の指揮命令に従って働くこと」に合意しています。つまりは、会社は従業員に対して「業務命令権」を有しているため、従業員が業務命令に従わない、業務の遂行を断るなどした場合は、労働契約や就業規則に違反したとして、懲戒処分の対象になります。
業務命令違反にあたらないケースとは?
業務命令に従業員が従わない場合、原則として業務命令違反になるとお伝えしました。しかし、これはあくまでも原則であり、従わなくても業務命令違反にあたらないケースも存在します。
そもそも業務命令というのは、会社の業務遂行のために発せられるものですので、業務上の必要性がない命令は、「権限汎用」にあたり、無効になります。
たとえば、次の3つのいずれかに該当する場合、業務命令には効力がないと判断されやすく、従わなくても業務命令違反にはならない可能性があります。
- 合理性を欠いている
- コンプライアンス違反に該当する
- 嫌がらせやパワハラにあたる
業務命令が無効になりやすい主なケースについて、詳しく解説していきましょう。
合理性を欠いている
業務命令が、本来の範囲を逸脱しているなど、客観的合理性を欠いている場合は、命令の拘束力が否定されることがあります。
なお、以下で紹介している「コンプライアンス違反」「嫌がらせ」「パワハラ」に該当することから命令など、正当な理由に該当しない場合についても、業務の必要性や効果、合理性が乏しい場合は、業務命令の効力がなくなる可能性は十分に考えられます。
コンプライアンス違反に該当する
業務命令の内容がコンプライアンスに違反している場合も、命令が無効になります。
そもそもコンプライアンスとは、法令遵守のことで、法律や倫理観を遵守しながら企業活動を行うことを意味します。横領や偽造、虚偽報告など、違反行為への加担を従業員に命じるなど、公序良俗に反する行為を命じた場合、その業務命令が正当化されることはありません。
近年、コンプライアンスの認識の高まりから、違反行為への加担を強制するといったケースは稀ですが、コンプライアンス違反かどうか判断が下しにくいグレーゾーンにおける業務命令には十分に注意が必要です。
嫌がらせやパワハラにあたる
業務命令が嫌がらせやパワハラ(パワーハラスメント)に該当する場合、命令が無効になり、断っても違反にあたらない可能性が高くなります。
たとえば、人格を否定する発言をしたり、正当な理由なく別室隔離や自宅研修をさせたり、過酷な環境下で勤務に関係ない作業を命じたりすることは、厚生労働省の資料『パワーハラスメントの定義について』でパワハラの例として挙げられている行為です。
このような会社の業務遂行に必要ないことを、嫌がらせや他の従業員への見せしめを目的に命令した場合、無効な業務命令、または違反行為として判断されることもあります。なお、こういった無効な命令に従業員が従わなかったからといって、その従業員を「業務命令違反」で懲戒処分したり解雇したりすることはできません。
業務命令を出す方法
業務命令を出す方法は、大きく分けて3つあります。
- 口頭で伝える
- 書面で通達する
- オンラインツールを活用して指示する
口頭で伝える
口頭での業務命令は、業務内容をわかりやすく説明したいときや、認識の齟齬を防ぎたいときなどに適しています。
ただし、口頭で命令を出す場合、しっかりとした記録が残らないため、命令の内容を従業員が忘れてしまったり、「言った言っていない問題」に発展したりしやすくなります。従業員にメモを取ってもらった上で、話の最後にメモの内容を復唱してもらうなどして、伝達ミスや認識のズレ、聞き漏らしなどがないことを徹底する必要があるでしょう。
書面で通達する
業務命令を出す方法の二つ目は、書面で通達する方法です。口頭での指示と同様、最も一般的な方法であり、高い正確性を必要とする業務や、具体的な数字や数値目標を含む業務などについては、書面での通達が適切でしょう。
業務命令の内容を誤解なく理解してもらうためには、できる限り口頭と書面の両方で伝えるようにすると良いでしょう。
オンラインツールを活用して指示する
テレワークなど、従業員と直接顔を合わせられない状況下においては、オンライン会議ツールを使って指示を下したり、チャットツールを介して書面をPDFファイルで送ったりするなど、オンラインツールを活用して業務命令を下す方法もあります。
なお、日本では、業務時間外に業務命令を出すこと自体は禁じられていませんが、法定時間を超えて従業員に労働させるといったことがないように十分注意しましょう。
業務命令を適切かつ円滑に出すポイント
最後に、業務命令を適切かつ円滑に出すためのポイントを紹介します。
- 指示は明確に一つずつ出す
- 優先順位と期限を設ける
指示は明確に一つずつ出す
指示はできる限り、複数まとめてではなく一つずつ伝えるようにしましょう。思いつくままにたくさんの指示を出すと、伝達ミスや聞き漏らしが起こりやすくなる他、部下が混乱してしまうことがあるからです。
そのためには、指示を出す前に「どの仕事から頼むべきか?」を確認し、綿密に計画を立てた上で指示を伝えるようにすると良いでしょう。
また、指示が曖昧にならないよう、5W1Hを明確にして伝え、従業員に業務の目的や必要性から具体的な遂行方法までしっかり理解してもらうことも大切なポイントです。
優先順位と期限を設ける
部下に指示を出す際は、優先順位と期限も明確に伝えましょう。特に、複数の指示をまとめて出さなければならない場合や追加で指示を出す場合は、「どちらの業務の方が、優先順位が高いのか」「期限はいつまでか」を伝えないと、部下との間に誤解や不満が生まれやすくなります。
業務における認識の齟齬や誤解を未然に防ぐためには、優先順位や期限まで明確に伝え、「どのような優先順位でいつまでに仕事を成し遂げる」という目標をしっかり共有することが大切です。
まとめ
業務命令は、業務の遂行を目的として使用者が従業員に向けて命令を行うことです。業務命令にはさまざまあり、就労や残業、出張など業務に必要なものであれば命令を下すことが可能になっています。
基本的な合理性があるものであれば、業務命令は認められ、従業員は命令に従わなければ業務命令違反になってしまいます。業務命令違反となってしまった場合、懲戒処分等の対象になってしまうので、従業員は注意が必要です。
また、使用者側は従業員に向けての業務命令を行う際には、明確な内容でなければなりません。私欲のための命令や合理性を欠いた命令などは、業務命令の効力を失ってしまいます。パワハラや嫌がらせなどが社会問題となっている現代において、理不尽な業務命令を出すことは、対象の従業員に苦痛を与えるだけでなく、社会的信用を失ってしまうリスクも抱えています。
そのため、きちんとした根拠に基づき、業務命令を出すことが大切です。従業員との不要なトラブルを起こさないためにも、適切な業務命令となっているかを確認し、円滑に下せるような体制を整えると良いでしょう。
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